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加藤和彦さん ご冥福をお祈りします 

私が子供の頃  やっぱり一番インパクトがあった曲が

「帰ってきた酔っぱらい」    フォークルセダーズ

 

京都の友達の近くのお兄ちゃんが北山修さんだった

 

私の中では  だから未だに  北山修さんはお兄ちゃん

 

加藤さんはすばらしすぎてどこか遙か彼方のひとみたいな感じがあった

でも、ずっとずっと彼の活動を追ってきていた

 

それは北山修への憧れが  芸能活動から遠のいた彼の代わりに

追いかけたものだったかもしれない

 

 

だから私は加藤氏の死がもたらした北山修への衝撃を思ってしまう

 

 

朝日新聞に寄せられた彼の追悼文

 

きたやまおさむ(精神科医・作詞家)

 もはや、あの人懐っこい笑顔が見られないかと思うと本当に心が痛む。

それにしても、やられた。すべて計算ずくだったと思う。

ワイドショー的なマスコミ報道の減る週末を選んだのも、あいつ一流の作戦だったのだろう。
 彼は「振り返る」のが大嫌いだったが、大した戦績だったので、嫌われるのを承知で書こう。

私は、一時期同じバンドのメンバーにして、楽曲を作る仲間、そして人生の良きライバルだった。それで故人を呼び捨てにするが、お許しいただきたい。

今から数十年前のこと、その加藤がこう言ったことがある。
 「お前は目の前のものを適当に食べるけど、僕は世界で一番おいしいケーキがあるなら、全財産はたいてもどこへだって飛んでいく」
 趣味は一流、生き方も一流だった。ギタープレーヤーとしても一流で、プレーヤーすなわち「遊び手」としても一流。グルメであり、ワインに詳しく、ソムリエの資格をとるほどで、何をやらしても天才の名に値するレベルだった。
 それがゆえに、凡百とのおつきあいの世界は、実に生きにくいものだっただろう。しかし私たちには、そんな背の高い天才の肩の上に乗ったら、見たことない景色が遥か遠くまで見えた。
 加藤和彦が日本の音楽にもたらしたもの、それは「革命」だった。作品だけではなく、彼の生き方ややり方が新しかった。六〇年代、若者の革命が幾つも夢想される中、ほとんど何も持たない若いプレーヤーたちが芸能界のエスタブリッシュメントに挑んだのだ。はっきり言って、私たちは、アマチュアで、関西にいて、大した機会に恵まれなかった。そして振り返るなら、多くの、「若者の戦い」の中で、あの音楽の戦いだけは一瞬成功したかに見えたし、クリエーター加藤和彦は、このプレーヤーたちの戦いの旗手となった。
 自主制作の「帰ってきたヨッパライ」が300枚作られ、結果的に280万枚を売った半年で、日本の音楽の流れが大きく変わったのだ。大先生が作る作品を歌手が歌うという「上から下」の主流に、自作自演という「下から上」への波が音を立てて流れ込んだのである。その上、新興のシンガー・ソングライター・ブームに対し、加藤の志向は主にバンドにあり、フォークル、ミカバンド、最近では和幸と、ソロ中心に偏ることはなかった。私のようなセミプロを傍らに置いて、たててくれたのも、バンド志向の優しいリベラリズムであったと思う。
 後ろは振り返らない、そして同じことは絶対にやらないというモットーを貫き通した彼は、おいしいケーキを食べるために全財産をはたいて、また手のとどかぬところに飛んで行った。

 

戦友としては、その前だけを見る戦いぶりに拍手を贈りたい。しかし、昔話に花を咲かせ共に老後を過ごすことを楽しみにしていた仲間として、そしてこれを食い止めねばならなかった医師として、友人としては、実に無念である。

 

 

どんなにか無念だったろう

それぞれの世界を抱えて生きている以上

どんなに仲の良い友でも  ずっと一緒にいる訳にはいかない

いくら精神科医といえども   彼が加藤氏の自殺を食い止めることは

ほぼ不可能だっただろう

 

 

天国で加藤氏は  ほっとしているのだろうか?

それとも  病によって絶ってしまった命を残念に思っているだろうか?

 

 

言葉にまとめられない無念さが私の中でも渦巻いている

 

 

 

 

加藤和彦さんのご冥福をお祈りします

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8 Comments

tokkosu  

「帰ってきたヨッパライ」が大流行したのは結婚2~3年目だったかな?
今までに聴いたことのない歌だったので、レコードを買いました。今でもレコードケースの片隅に挟まっているかもしれません。
北山修氏のコメントを知りたかったので、ここで読むことができました。有り難うございました。

2009/10/21 (Wed) 13:39 | EDIT | REPLY |   

ぷーぷー777  

私の世代でも加藤和彦さんは知ってます。サディスティック・ミカ・バンドの曲とか好きですし、坂崎幸之助さんと2人で活動していた時の曲も素敵な曲でしたし…。
だからニュースで知った時に物凄い衝撃を受けましたしね。「あの素晴らしい愛をもう一度」は音楽の時間で歌ったりしましたから…。
ご冥福をお祈りいたします。

2009/10/21 (Wed) 14:05 | EDIT | REPLY |   

沙羅朋  

一時代を築いた大きな存在を失った衝撃が走りました!
無念の一言 北山さんの想いがひしひしと伝わってきます
失った命はどうすることも出来ません ご冥福をお祈りいたします。

2009/10/21 (Wed) 17:31 | EDIT | REPLY |   

女神★おねぇ★  

名前聞いても解らんかってんけど、カエラと一緒のVみて解って、この人帰ってきた酔っ払いかぁ~~!!!って!!!
σ(`・・´オネェ)はヨッパの時のカラオケで「帰ってきた酔っ払い」と「走れコータロー」はかかせませんわ^^今度カラオケ言ったらヨッパでなくっても歌うぜっ!

2009/10/21 (Wed) 21:15 | EDIT | REPLY |   

かさぶらんか  

私も子供の頃、「帰ってきた酔っぱらい」 を歌っては、
よく母に叱られた記憶があります。
「あの素晴らしい愛をもう一度」大好きな曲でした。
この曲の作詞をなされた北山修がこれからどんなおもいで
この曲をお聴きになられるのだろうかと思うと胸が詰まるおもいです。
病とは言え自ら神様の元に旅立たれた加藤和彦さんが、
永遠の安息につかれる事をお祈りするばかりです。

2009/10/21 (Wed) 22:12 | EDIT | REPLY |   

大阪 ケン  

私は 山梨で知ったのですが・・辛いニュースで 見て見なかったフリをしたい気持ちでした。加藤さんを 拝見すると ニコニコと遠くから人を温かく包む様子が感じられました。「高い天才の肩の上に乗ったら、見たことない景色が遥か遠くまで見えた」その言葉は 彼の全てを語っていると思います。残された悲しみが北山さんを包んでいるのでしょうね。大好きな 加藤和彦・きたやまおさむ・坂崎幸之助で作られた CDを聴きながら ご冥福を祈りたいと思います。

2009/10/22 (Thu) 07:59 | EDIT | REPLY |   

心海  

辛い胸のうちがあったのでしょうね。
ご冥福をお祈りいたします。

2009/10/22 (Thu) 10:38 | EDIT | REPLY |   

kurozowosan  

「あの素晴らしい愛をもう一度」、高校生の頃だな。シングル、買いましたよ^^今でも、実家に行けば、あるはず・・。この曲を弾くために、スリーフィンガー奏法、一生懸命勉強しましたよ^^

2009/10/22 (Thu) 23:14 | EDIT | REPLY |   

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